いのちのために、いのちをかけよ 吉村 正

2024年2月5日アンスクーリング,子育て,教育,吉村 正,読書ログ

人生とは、何かに憧れて、何かを求めて生きていくものじゃありませんか。わしの人生もいつも憧れを抱きつづけて生きていた。それは今までやってきたこと、そのものであったと

人間はもともと感性的なものなんで、嫌なことが続くと「もうたまらん」ということになって逃げ出すわけですよ。まぁ、そこに達するまでの時間が長すぎるし、それだけ感性の鋭い人が少ないんだよね。くだらん学校でくだらんことを教わるだけ。字で書いてあることだけしか理解できないやつばっかりつくっとるもんで。本物の芸術なんて教えへんし、哲学なんて教えへんし、科学ばっかり教えて。一番ばかでもわかることだもん、科学なんて。感性がちょっと鈍くても理性があればわかるように人間は今なっとるもんね。それでまた、教える先生たちがそういう人たちばっかりなもんで。とんでもないことですよ。とんもない方向へ日本人は明治維新以来、必死に曲げられてきたんです。でもね、理性的認識があるから感性的認識がわかるんであって、感性的認識だけだったらただのアホウですよ。わはははは。

学校がそうじゃない。この社会がいいか悪いかわからんけれども、はっきり言ってわしは気持ちが悪いと思うけれども、現代社会に適応できるような人間を訓練しとるということじゃない。動物の調教と一緒ですよ。そんなこと嫌だよね、六つくらいになって学校に行けなんてね。遊びまくってたほうが嬉しいもんで、「嫌だ、嫌だ」と言っててもずるずる引きずりこまれちゃって、大きな建物で偉そうな服を着て偉そうな顔をした校長先生なんかがおると、「従わなきゃ、あぶないかな?」なんて思わされて、無理に学校なんて行かされてとんでもない奴隷になるんだ。いや、奴隷というよりも家畜。いかにこの世の中でうまく適応していくかという。くだらん人工的なシステムの中でね。子ども時代という感性的認識を一番鍛えておかにゃならんときにそいつをぶち壊して、数字やら文字やら科学的法則ばっかり教えこんで、理性的側面のみで物事を捉えるような人間にさせられちゃうもんで、感性がなくなっちゃうんだよ。

あらゆることにおいて、「給料のために」「お金のために」というふうに一番に金のことしか考えられんような生き方を押しつけられ、システムの中に押しこめられて「これがいい」と思いこまされとる。そう調教されとるんだよ、本能で生きちゃいかんと。喜びをもって生きちゃいかんのだとね。喜ばないように自分を規制しないとうまく生きれないよと。だから一番大事なことをほかって(捨てて)、どうでもいいことのために生きとるだね。子どもだって、「遊んでばっかりおったら社会に出て苦労しますよ」と言われて無理やり塾とか行かされとるでしょう。くしゃくしゃに生きれんのです。くしゃくしゃに生きると今の社会のシステムを揺るがすもんで、それはいかんということになっちゃう。それはつまり、理性的な法則性に従わせるんだよね。そうすると、この自然界も理性的な法則性に従って動いとると見るほうが社会にとっては得なもんで、科学なんかを勉強するのがいいんだと学校なんかで思わされるんだよ。でも、そんな科学なんて人間がいくらがんばったってほんのちょっとしかわからんで。深〜い神の世界だからね。そんなレベルでいかにもわかったような顔をして、自然をいじくりまわしてコントロールしとるつもりになっとるのが学者とか医者たちでしょう。そんなのね、くしゃくしゃのほうがおもしろいに決まってるじゃん。幽霊がいるとか、怪談とかね、そういうほうがおもしろいじゃない。

だからね、みなさん勉強しちゃいかんよ。無意識になって夢中になってやっとると、勉強して到達した技量とか知識とか、そういったものを越えたものが自然にできてくる。そういう方法論で生きてあるものと接すると、本当に生きてあるものとしてキャッチできるのであってね。

この時代で一番大事なことは、自分にしかない感覚、感性を養っていくことです。社会の常識とか、周りの大人がいいということや、わしがこうして言うことすらね、ぜんぶ疑って自分で考えて生きていくことです。

女を経済のために働かせるなんてとんでもない。女はのんびり子育てしておればよろしい!社会に出たければ、子育てが終わってからでいいですよ。人間として成熟してますからね、いい仕事をするんじゃないですか。

人生とは、何かに憧れて、何かを求めて生きていくものじゃありませんか。わしの人生もいつも憧れを抱きつづけて生きていた。それは今までやってきたこと、そのものであったと。

いのちのために、いのちをかけよ 吉村 正

著者略歴

吉村 正。1932年愛知県岡崎市生まれ。名古屋大学医学部卒。医学博士。28歳から吉村医院院長。以来、二万例以上のお産をとりあげる。自然なお産を行う伝統的な日本家屋「お産の家」を建築し、医院の裏庭に江戸時代中期の古民家、通称「古屋」を移築。妊婦たちが薪割り、板戸ふき、井戸の水くみ、畑仕事などを行ないがら、体と心づくりに励む場となっている。

感想

いのちのために、いのちをかけよ。タイトルもとっても好み。この本はお産以外にも深いテーマが取り上げられていて、教育や子育て、人生について語られている箇所を引用しました。理性と感性、両方大切だとは思いますが、バランスが大切で、現代は科学信仰やら、理性的なことに偏っていると感じています。そして、みんながくしゃくしゃに生きたらきっと面白い社会になるんじゃないかなと、感じました。